⇒とっぷ:
壊殻の海ノ物語
1.
「遊星……。私は人生の最後に、新たな未来を切り開く貴方を見た。――貴方ならきっとやれる。貴方なら、人々を導く事が出来る」
「だが俺には、やる事が残っている」
「……死ぬつもり、なのですね」
ゾーンの問いに遊星は間を置いて答えた。
崩壊する天空街を浮上させるには――
ゾーンが静かに目蓋を閉じる。
それを見届けてから、遊星は身体を起こして立ち上がった。
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追加の一瞬
2.
紅いDホイールが宙を駆ける。
これを動かす正回転の動力装置をアーククレイドルのソレにぶつければ――
それで現在は救われる。
それで街が救われる。
だが――Dホイールを動かしている自分はタダでは済まない。
「――くっ!」
それ以上の思考を断ち切るように、遊星はDホイールを加速させた。
瞬間、前輪と後輪から生えていたエネルギーの翼が消える。
「何ッ!?」
考える間も無く、目の前からモーメントの光が遠ざかる。
(そんな――)
遊星は光に手を伸ばす。
だが届かない――届かなかった。
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3.
「うわぁぁぁぁっ!」
叫びながら飛び起きる。
咽喉の痛み、上半身の熱み――心臓が、激しく脈を打っている。
上下する肩と呼吸を落ち着かせながら、遊星は、自分が眠っていたのだと理解する――ベッドの中に、脚が在った。
室内で、さほど暗い処ではない――照明を点けている様子も無いが。
「…………」
見付けた窓からは、白と、かなり薄い蒼とのランダムなまだら模様が見えた――やや曇り。晴れるとも晴れないとも分からない、そんな微妙な空の様子だ。他は無い。
――遊星は其処でベッドから降りた。
「遊星! 起きたっ」
部屋に入ってきた少女が、語尾にやや疑問のニュアンスを混ぜて駆けてくる――年は恐らく、二十二、三か。
だが遊星は、少女だと思った――自分より年下のような感覚がするのだ。
何より声に聞き覚えが在る、と言うのがその根拠だった――近付いてくる、少女の顔立ちや笑顔や動作、その全てに見覚えが在った。
「……龍可?」
「うんっ!」
少女は、少女としか呼べない彼女は、何時も通りの、つまりは見慣れた笑顔で笑った――女性と呼ぶには、抵抗が在った。
どうやら、十年ぐらい経っているようだ――恐らく自分も歳相応の外見に成っているのだろう。
その事だけを確信しながら、遊星は改めて部屋の中を見回した――「此処は、何処だ?」
言いながら、答えは半分ほど、既に知っているような気がした。
「私達の部屋」
「――嗚呼。トップスか」
道理で、空しか見えない訳だ――ネオ童実野シティ随一の高層居住区画である。
「着替えて。朝ごはん出来てるから」
「――嗚呼。龍可は何時も早起きだな」
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4.
ハンガーに掛けられていた上着を着込み、遊星は食堂までやってきた。
「――龍亞は?」
部屋にその少年が居ない事、食事が二人分しか用意されていない様子を見て、そんな事を疑問に思う――自分を合わせて三人だから、食事は三食分用意されていなければならない筈なのに。
「――やだ。遊星寝ぼけてるの?」
「えっ……」
「此処は、『私達』の家でしょう?」
龍可が視線で示した方向、ウッドデッキの棚の上には、遊星と龍可の結婚記念写真が在った――他にどう呼べばイイのか分からない程、新郎用の白い燕尾服と花嫁のウェディングドレス姿である。
「…………」
ソレは写真立ての中の平面ではなく、小型の立体映像だった。装置は小さな円形をしている。
――コレもモーメントか?
淡く向こう側が透けて見える、その写真の淡さは遊星が知らない十年間の、何だか象徴のように思えた。
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「……やっぱり、私と結婚した事後悔してる?」長く見詰めていたのをどう取ったのか、龍可が不安そうな様子で尋ねた。
「いや……」遊星は否定しかけて言い澱む。
――後悔と言うより、実感が無い。
「それよりアキは?」
「アキさんは、まだ連絡が付かないから……。ううん、捜そうにも捜す当てが無いのよ」
龍可は一度首を振って訂正した。
「……何が在った?」
やや只事そうにない様子を感じて遊星が問い質す。
「噂では、アルカディアムーブメントUの本部が攻撃を受けて……ソレっきり」龍可は視線を落としながら言った。
「攻撃!?」思わず遊星が声を上げる。
いや――アルカディアムーブメントUだと??
まるで訳が分からなかった。
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「やっぱり、遊星も覚えてないのね……」龍可が見当を付けたように言った。
「何をだ?」
「――私もなの。覚えてない筈の事を覚えてたり、覚えてる筈の事を覚えてなかったり……。
記憶が、ううん世界が処々で、突然別のものとすり替えられているような。そんな変な感じがしてしょうがないのよ」
「嗚呼……」
龍可の説明に納得し、同意すると同時に遊星は一つの事件を思い出した――「ゾーン達か?」
かつて、過去を改変した組織――その時の状況を、思い返した。
「――分からない。似てるんだけど。ゾーン達なのかなぁ……」
龍可が首をひねるように言った。
「ゾーンが、あれ以上の歴史の干渉を望んでいたとは思わない。……体力的にも、もう無理が在るような事を言っていた」
もうすぐ生命維持装置が止まる、と。
「うん……。遊星がそう言うんならそうだと思う。
――でも、アレに似た感じである事は確かなの。だからかな……遊星とずっと一緒に居たのに、ずっと居なくなってたみたいな違和感」
「嗚呼……」
そうだな、と遊星は再び同意した。
思い返してみれば、龍可とずっと一緒だった気がする――その事自体は思い出せる。
だが、何時からどうしてどんな風に過ごしてきたのか、その詳細が分からなかった。
一緒だったという情報だけを、頭に埋め込まれたような違和感。
「そう言えば、クロウとジャックは――――いや。
どうして俺は生きているんだ?」
その問いに遊星と龍可の中で、十年の時が戻っていった。
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5.
突然Dホイールを飛翔させていたエネルギーの流れが止まって。
翼が消え、落下したDホイールから投げ出されて――或いは、諸共に何処かにぶつかって。
その瞬間、幻視を見た――天空のアーククレイドルと、地上のネオ童実野シティがぶつかる瞬間。
「――うん。私達もあの時は、てっきり遊星が死んじゃったと思ってた」
「……」
「だけどさ、アーククレイドルが離れていったその後で。
凄い大怪我だったけど、遊星が地上に戻ってきてたの、セキュリティが見付けたって。牛尾さん達が知らせてくれたの」
ほら頬に遊星はマーカーが在るでしょ。
「アーククレイドルが離れた?」
龍可の動作を無視しながら、遊星はその件の事を訝しがった。
気付いてか龍可も視線を変える。
「……、どうしてか遊星が戻ってこなかったまま、ずっと過ごしていた記憶も在るの。遊星には――」
「俺は、アーククレイドルのモーメントに辿り着く事が出来なかった。だからアーククレイドルは、俺に分かっている限りでは落下を止められなかった筈なんだ」
そして、ネオ童実野シティを消滅させた――その瞬間の光景を、想像だと言うには余りにも鮮明に遊星は思い出す事が出来た。
だがソレも『死んでしまった』遊星の記憶としてはおかしい筈だ。
「変だよね――どっちが正しい記憶なんだろう。
私達、夢を見ているのかな?」
「…………」
「遊星が、あの時アーククレイドルと消えちゃって。――戻ってこなくて。
みんながみんな、お互いに顔を避けるようになったの……。会ったら遊星の話になるから。
チーム5'Dsだった時の事、遊星やブルーノが居た時の事……。楽しかった時の事を、思い出すのが辛いから」
龍可の目に涙が浮かんでいた。
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6.
遊星は――いや、Z−ONEは無言で少女の涙を見ながら、その実かなり無感動に、散在する頭の中の情報を整理していた。
――アーククレイドルの通路の中、遊星は中心部に在る回転式動力装置に向かっていた。
遊星のDホイールに、飛翔する力を与えていたのはアポリアだ。
(アーククレイドルのモーメントを逆回転させる事に成功して、歴史が変わった――?
アポリアが遊星号に力を与えた事実が無くなって、だから――??)
――だから、『不動遊星』のDホイールが墜落した。
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「ねぇ遊星――みんな怒っていたんだよ。遊星が戻ってこなかったから。
ジャックとクロウは、大喧嘩で……。龍亞もアキさんもみんなバラバラになっちゃった」
龍可が、震えるように喋り続ける。
「一人が死んだら、みんなが道連れになっちゃうんだ。
どうしようもない事に鬱屈して、みんなの心がバラバラになって、イライラして、辛くて自分が楽になる事ばっかり考えるようになって、みんなソレばっかりしたいようになっちゃうんだ。――みんな」
その口調は龍可と言うより、寧ろ龍亞の方に似ていた――少年とも少女とも言えないその印象の人物は、震えを抑えて感情を押さえたような声で、喋る。
…………が運命に降参した奴なんか、遊星じゃないって言ってたよ。
「ネオ童実野シティは助かったけど、他の都市のモーメントが暴走を始めて、――――」
言葉を最後まで聞き終わらぬうちに、世界が閃光に包まれる。
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7.
「ねぇ遊星――遊星じゃなきゃ駄目なんだよ。遊星が戻ってきてくれなくちゃ」
空に、機皇帝達の群れが在った。
「遊星は、遊星しか居ないんだから――。俺分かるもん。他の遊星なんて認めないっ」
「私もっ。誰かがソックリに成りすましたって、絶対にスグに分かるもん。私達5'Dsの絆は、データでなんかじゃ、絶対に保存されないんだからっ」
少女と少年が、交互に叫ぶ――――自分は誰だ?
ポッカリと、存在に穴の空いたような感覚。
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<――貴方は、過去にも未来にも存在しているのではありません>
七の色を数えられる竜が居た。
額の紫石、仮面の赤と金、体の翠、翅の薄紅――瞳は太古の、琥珀色。
<誰もが皆、己自身の現在という場の中に居るのです。未来という場は、其処に重ねられた只一枚の可能性に過ぎない>
ゾーンは、無音でその竜の姿を見ていた。
――そう言えばモーメントの発光は、この竜の翅の色に似ている。
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<貴方が『不動遊星』の運命を辿ると言うのなら、変えられた過去で『不動遊星』が手にした可能性の複製が在る。――貴方はコレを、どうしますか?>
――視線を動かせば其れらが在る。
かつての歴史には無かった数枚。
ソレが今、今の自分には存在する。
<もう一度過去の世界に飛び、今度こそ『不動遊星』との対決に勝利する?
絶望は新たなる絶望を呼び、一つの土地の壊滅は、やがて世界への消滅と繋がる>
例えモーメントが歴史から消えても、人間の進化の行き着く先が、欲望や誘惑に囚われるのならば――
耳に遺る、彼の言葉。
<貴方にはまだ思考が在る。貴方にはまだ可能性が在る。
複製札を――どうしますか?>
その竜は、煌く雫のように輝いている。
(――確か、このドラゴンの持つ力は――)
考えて、それからふと疑問が昇る。
「……私に力を貸してくれるのか?」
尋ねる。
ただ一言――その為に永遠を費やした。
<貴方がソレを望むなら……。――たったそれだけを叶える為に、人は何時も遠回りをする>
まるで永遠を見てきたように、樹脂色の瞳の竜が呟く。
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8.
――誰かに助けを求める事。
人々を救い出したその時から、自分には有り得なかった行動の一つ。
<貴方は未来の世界において、自分を救う事だけは拒んできた――違いますか?>
仲間にさえ――行動にさえ手の内を開かなかった。
――アポリアの知らなかった時械神。
痛みと嘆き、そして絶望。
(……そんな事を教えてどうなる)
(どんな事でも、教えてイイんだ)
(そうして誰かを信じてどうなる?)
(信じる事が、絆の証だ)
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その声と自問が話していた。
ゾーンと遊星、二人の未来。
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「アーククレイドルを浮上させるには、マイナス回転をしているモーメントに、プラス回転をしているモーメントを、ぶつける必要が在る。
ソレが俺の、最後の役目だ」
「……貴方が背負う必要は無い。アーククレイドルをこの時代にもたらした責任は私に在り、私にそうさせた原因は人類の」
――悪いが、話してる時間が無い。
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9.
そう言って遊星はまぶたを閉じた。
Dホイールに乗り飛翔する、アーククレイドルの中心に向かう――――
入れ替わった運命が、思考が遊星を駆り立てる。
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――最後の最後で、独りになった。
『不動遊星』は、失敗する。
余りにも多くを救おうとして、救えると信じて。
――そんな思考は。
彼をまた彼に変えていく、過去を変える旅、悪夢が増える。
遊星じゃなきゃ、駄目なんだよ
みんなが道連れになっちゃうんだ
(……そうか……)
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――ようやく、ゾーンは分かった気がした。
『不動遊星』に、力は無い。
力無き力――それが英雄の、正体だった。
流れゆく人々の心のその先に、彼は存在していたに過ぎない。
――『不動遊星』は、失敗する。
アーククレイドルの中心に届かず、エネルギーの翼は、消滅する。
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目の前に七つの色の竜が居る、――声無き声が、空間に響く。
<貴方には『不動遊星』に在って、『不動遊星』に無いものが在る>
その竜にゾーンは問い掛ける、――そう言えばモーメントの発光は、この竜の身体の色彩に似ている。
――自分にも過去を変えられるか??
<貴方がソレを望むなら……。――たったそれだけを叶える為に、人は何時も遠回りをする>
だけど、縁は此処に在るのですよ。
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10.
<誰もが皆、己自身の現在という場の中に居るのです。未来という束縛は、其処に重ねられた只一枚の結果に過ぎない>
歴史に無かった白い星光。
チーム5D'sの絆。
紅白黒黄、進化する何体ものドラゴン達。
そのうねりは遥か過去から未来まで、未来から過去へ、再び流れる。
――共に歩き始めていた人類。
歴史を変え続けてきた干渉者達。
(……対立すら含んだ人の業。
互い合い競い合い高め合い、更により大きな力を引き出す)
彼と成り彼が成った時から、自分には彼の縁は必然。
<貴方が『不動遊星』なら――――>
――考えろ。
遊星なら事態を、どう動かす。
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(私の未来――。
私の望む現状――)
――私の臨む、唯一の現在。
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(知識という手札から、意識という魔法を切り開け)
――自分自身の躯に念じる。
妖精竜エンシェントの効果。
フィールド が発動する時、カードを一枚ドローする――
――更に、既存を一枚破壊する。
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11.
紅いDホイールが通路を進む。
ガシャーンと小爆発を起こし、開いた穴から白いDホイールが現れた。
「私の体には、貴方と同じモーメントが取り付けてあります。其れをマイナスモーメントにぶつけます!」
「なにっ」
「貴方には、新たな未来が託された。貴方は生きなければならない!」
白いDホイールの機械の手が、遊星号を掴んで放る。
「ゾーン!」
後方に遠ざかる声に振り向かず、Z−ONEはアーククレイドルの中心に向かった。
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Fin. 16:00 2015/01/21 17:14 2015/01/21 20:00 2015/01/21 9:18 2015/01/22 10:58 2015/01/23
前々から:破滅の未来IFとして、何となーく龍可と遊星の結婚ネタを考えていた訳ですが。(注:個人的には遊×アキ派)
先日5'Dsの夢を見たノをキッカケに、ゾーンとエンシェントさんが繋がり無事に話とシて纏まりました。
(ソノアトも色々足シたけど)
OCGには詳しくないので、書ける手はマァこの程度。
(案の定効果違ったけど、並行世界って事で処理シて下さい)
タイトルは当初『最後の一瞬』だったけど、折角なのでキーワードに合わせました。