長髪IF前奏(inユリアシティB)
目覚めると、わたくしはどうやら施設の中の個室に寝かされていたらしい事が分かりました。 『気が付いたかい、ナタリア』 傍らにはガイが居て、私が居るベッドからは一番離れた壁の処に寄りかかって、そして気さくげに微笑んで参ります。 『ルークは――……』思わず見回したわたくしに、『アイツは二階さ』と、ガイが天井の方を見上げ、顔で示しました。 『ティアが面倒見てるよ。まだ目を覚ます気配は無いらしいけれど――……』『……』 『アニスとイオンとジェイドの旦那は、市長に挨拶に行くって――ティアに聞いたんだけど彼女のお祖父さんらしいぜ。その人』 『ガイ!』一度言いかけた事を遮られ、わたくしは思わず、はしたなくも声を荒げていてしまいました。 『そんな事訊いてはいませんわ! ルークは――本物のルークはどうなったのです!?』 言ってから彼が『誘拐されたままになっていた』という事実に胸を痛めたわたくしでしたが、ガイはまた違う解釈をして『アッシュか……』と、思い出しているらしい沈黙を紡ぎました。 『ユリアシティに入っていったっきり、見てないな――尤も簡単に出られるような街じゃないらしいから。何処かには居るだろ』 『そう……』 ソレはわたくしの訊きたかった事ではありませんでしたが、ともかく彼が教えてくれた事そのものに感謝する事で妥協しました――あの話はガイ自身衝撃的で信じられなかった筈です。彼の主君の妻と成るべき立場でもあるわたくしが、動揺していては……。 『此処は街全体がホテルか巨大な船のような感じの施設になっているらしいんだ。動かないけどさ。 何でも、二千年も前から在る音機関らしくて――――』 ……前言撤回。 海より深い沈黙を落としたわたくしの方など眼中に無く、ガイは自分の趣味の世界の話で思いっきり一人舞い上がった状態におりました。 『音機関……』 呟き、わたくしは考えました。 『レプリカ……。ルークもその音機関という事に、なるのでしょうか』 『……さぁな。基本的に、機械だから――』 『何だか不気味ですわ。……あれで、生き物ではなかったと言うのでしょうか。ルークは』『ナタリア!』 『だってそうでしょう!?』思わず下げていた視線を上げ、わたくしはガイに向かって叫びました。 『あんなに泣いたり怒ったり! 何時だって年齢不相応な程に感情豊かだった彼を!! ……どうしてその辺に在る機械や道具と一緒くたに見れますの……マルクトという国が信じられませんわ。――なんて恐ろしい技術を……』 再び額に手を当てて、気を失いそうになるのを何とか堪えて話を聞きます。 『そうだな――。……でも。全く心当たりが無い訳でもないんだ。アイツ』『えっ?』 |
『屋敷に戻ってきた……実際には生まれて初めてやってきたばかりのアイツは、物も言わずこちらの言う事も聞いてないって感じで変に人間離れな感じがした。みんなは記憶を失ったから、って言っていたが、今考えると……』 『…………』 呆然とした表情で聞く彼女の様子に気付き、俺は居たたまれない気分で『いや、』と思わず言い繕う。 『……本当に屋敷に来た直後だけの事さ。スグに喋るようになって、って言ってもあー、うーとかまだ意味は無かったんだが、ともかく感情的に騒いでいた。――だから、ずっと忘れてたんだが……』 ……そう、と視線を落としたナタリアに、俺は流石に人間じゃないとは思わなかった、と付け加えておいた。 『ルーク! ルーク!?』 耳元でシュザンヌ様が騒いでいても、アイツは何処吹く風だった――何も聞こえてないという風な訳ではない。 視線を合わせる相手は居なかったが、見回すアイツは確かに周りの光景を見ていた――取り囲む使用人や兵士達と、実の(じゃなかった訳だが)両親と一緒くたにした景色の中で、全く特徴の無いパノラマ・ピクチャーを見るように――淡々と。 (まるで譜業人形だなーぁ……) ……素直にそんな事を思った、そして一瞬でスグに忘れた。 (ヴァンの奴!! 生かしたまま見付け出されるなんて……しくじったな!!?) あの後暫くは彼への罵詈雑言で頭がいっぱいだったと思う。 目の前でシュザンヌ様が取り乱しルークおおルークと嘆いていたが、アイツはやっぱり反応していなかった……人でなしとか善意が無いという意味で、コイツは人間じゃないと思った。 どんなに記憶が無いからって、あの冷徹無情の公爵の息子は、やっぱり――…… ――と、俺が恐らくは殺意にも似た考えを頭の中に巡らせかけた、丁度その時だった。 『うあぁああああっ!!?』 突然、ルークが何の脈絡も無く叫び出したのだった――うがっ、うわぁぁっと首を振り、体を折り頭を動かして顔を動かしている。 『ルーク!?』嘆いていた夫人が顔を上げ、腕の中から出て暴れ出したルークにルーク! ルークと先程とは違う意味で声をかける。 どうしたのです? 何処か痛むのですか――…… ……様子を見ているだけでその事を見抜いた直感と言うか冷静な観察力にも脱帽だが、今さっきまで途方も無い絶望に追い落とされていた相手のために、そのように心底心配していたわり、親身になって優しい言葉をかけてやる事が出来るものなのか――シュザンヌ様の見せた母親の『愛』というものだろう、その強さと果てしの無い大きさに、俺は打ちのめされた感と、何処か何故か酷く空恐ろしい――嫌な感じがシュルシュルと頭の中の脳に巻き付くような、体全体の神経をじわじわと冒していくような、そんな奇妙で『怖い』感覚を予感していた――程なくそれはのちの女性恐怖症の前兆であった事を知るのだが、シュザンヌ様の行為が何故そんな風に恐ろしい予感を孕んでいたように思えていたのかは分からない。 『あ、あ……』一番激しく動かしていた頭の天辺を押さえられ、撫でられたルークが呆然と意識を失っていくかのように顔から表情を無くし、体から力を無くしてシュザンヌ様の腕の中へ包まれ吸い寄せられるかのように入り、眠った。 『っ、ううっ……!』 ――と、思ったのは錯覚で、スグにルークは呻き声と一緒に動き出し、しかし目はさっきよりも硬くつぶったそのままで、うわーん、うぁーんと大口を開けて泣き出した。 『……おお。もう大丈夫ですよ。ルーク』 シュザンヌ様がそう言ってあやすようにルークの頭や背中を撫で回し、それにアイツがヒック、ヒックと嗚咽を返していくのを聞きながら、俺は奇妙な予感を多分居たたまれなさのせいだと思って、実際その時にはシュザンヌ様に対してはかなりの罪悪感とすまなさを感じて反省していたから――……。 コッソリ、静かに他の者達が安堵に顔をほころばせ出したその場を立ち去った。 |
後から聞いた話に拠れば、ルークは泣き疲れると同時に眠りに入り、公爵と奥方様の部屋に運ばれたのだと言う。 そのまま数日は奥方様と過ごし、確か一週間ぐらい経った頃だろうか。 いい加減奴の『遊び相手』として、あるいは専属の『使用人兼世話係』として、ソイツの現状を知っておくべきなのではないのか――……まぁそう思ったのは単なる建前だが、ともかく、そろそろそれだけの日数を経て俺はルークとシュザンヌ様の様子が気になって仕方がなくなっていた。 (……別に可哀相とか思った訳じゃない。許した訳じゃないぞ、アイツはまだ公爵と同じ冷徹で鷹揚で……) 必死にそんな事を思って仇だから様子を見に行くのだ、そんな風に自分に何度も言い聞かせながら、けれどその気持ちは何処か虚しく感じながら、俺は日中のために部屋の人数が一人足りないその寝室の扉の前に立った。 ――いや、マルクトが誘拐犯かも知れないからと言ってカイツールへ『犯人』捜しに向かってしまった公爵のために、その部屋は今はずっとルークと奥方様と二人っきりで使っているような状態だった。まぁメイドに拠る出入りは在っただろうが。 (……アイツ、一体今どうなっちまっているんだろう……) メイド達が断片的に話題に出しているのを聞く限りでは、動けず、喋れずの状態のまま日がな一日ベッドで奥方様と一緒に過ごしているらしい。 『アーアー、あー』扉の向こうで赤ん坊の催促しているようなニュアンスのその声を聞き付けて、俺は思わず、立ち止まり――……。 入るのではなくたまたま開いていたそのドアの隙間から部屋の様子を見、ドアを閉め切っていなかった理由だろう、何時でも外に行けるかのようにワゴンのそばに佇んだメイドと、ベッドの上に子供を座らせてさじで皿の中身をすくって食べさせている、甲斐甲斐しいシュザンヌ夫人の姿が映った。 (……嗚呼) 座ってモノを食べる事は、出来るらしい――別に寝たきりであると言われた訳ではなかったが、ベッドの上で動けないと聞いて妙に悪い方向に考えていたのだろう、何故か俺はルークの無事なその姿に安心し、次いで何安心してんだよと思って自分を叱咤している処へ、別のメイドがちょうど『ガイ?』と俺に声を掛けてきて――……。 |
『うわぁあああああー!!』 ……恐らく先日のルークと負けるとも劣らないぐらい、奇妙な絶叫を上げ俺はシュザンヌ夫人とルークの居る部屋に飛び込んだ。 転がり込んでその後しばらくは大声上げてそのようにする事が『ガイ』だと物知らずの坊ちゃんに覚えられてそれの訂正に苦労する事になるのだが、――まぁ、ともかくそれが俺の女性恐怖症の第一日目の始まりであり、同時にもう一人のルークとの二度目の出会い――アイツの認識にとっては俺との初めての、新しい関係の始まりになった。 その後しばらくはまたルークと会わない日々が続いて、――と、言うのもルークの世話はシュザンヌ様が積極的にやっているので俺の出番が全く無く、庭師の養い子としてペールの仕事を手伝うぐらいしか出来る事が無かった(まぁ、暇潰しに音機関いじりをやっていたらソッチの方が何故か時間を多く割いていた)のだが、やがて公爵もカイツールの方面から帰ってきて、何日か親子三人で過ごしたのだろう、それから、もう、すっかりルークのそばには行く事も無いだろうなと思い始めた俺を呼び付けて、公爵が再びアイツの世話係になるように頼んできた。 …………なんでも、シュザンヌ様に世話をさせているとひたすら甘やかせ続けるので、早く回復するよう多少厳しく躾けて欲しい、――と、言う事だった。 らしくもなく何処か憔悴した感じの公爵を見、もしかしたら、今この機にルークを殺したら今度こそこの男の狼狽する姿を見る事が出来るのではないか――……、そんな暗い期待に一も二も無くその命令を引き受ける事になった俺であったが、いざ、自らの個室に移されたソイツの姿を目の当たりにした途端、そういう心躍る気持ちはいっぺんで何処かへ吹っ飛んだ。 ――アイツは初めて会った時のように暗い眼で、人間味の無い顔で、心なし膨らんだ気のする頬を見せ、パジャマのままベッドで眠っていた。 『…………』 目を開けて眠っているという表現もアレだが、ともかく、起きている人間とは思えなかったのだ――その姿を見て俺は公爵様の言う、シュザンヌ様の『お世話』の正体を知った。 ――つまり『世話』をしているつもりで、シュザンヌ様は息子を痴呆か何かのような状態にスッカリ変えてしまったのだった――恐らく起床から就寝まで、ベッタリそばに居て何時の間にか腰から上を上げさせる事すらやらせなくなったという事になるのだろう。 (こりゃ無理矢理にでも引き離す訳だよ。全く) この分では、せめて赤ん坊のように意味だけは込めて喋っていたあーとかうーとかいう言葉も、いっさい不可能になっているかも知れない。 ――幸い其処まで酷い状態ではなかったが、ともかくルークがこのような事になってしまった元々の原因、シュザンヌ様がこのようになってもルークの『世話』を一向にやめようとしなかったらしい原因、それら様々な事の元凶が全部自分の招いた事に在って――無論もっと悪いのはあの男だという気持ちが在ったが、それでもある程度は自分がルークを立ち直らせなければならない義務が在るのだと思って、俺はソイツの『世話係』と言うか教育役兼子守役兼お目付け役といった『専属の使用人』の立場に復帰した。 公爵の意向で、他に面倒を見る奴はいっさい無しだった――公爵自身は多少放置して、自分から色々行動するように仕向ける意図が在ったのだろうが、俺としては『駒』として利用してやるという気持ちでいたのでその事は最初都合がいいように思えた。あの男の間抜け具合に内心嗤っていた――が、其処にナタリア姫が割って入って、俺は否応無く、ルークを彼女が満足するように『回復』させ続けねばならない状態に陥った。 ……実際はルークの(体の)物覚えの悪さが酷かったので遅々としてかないがたいものだったが、それでも、姿勢として『努力』は見せておかなければならなかった――微妙にその一因が例の『発症』したばかりの『病気』のせいであったと言うのがまぁ情け無い話であったが、ともかく俺は、彼女の居ない間は一から十までルークの面倒を見なければならず、その苦労のために毎日毎日他の事はいっさい出来なくなるぐらいにクタクタに成り、唯一出来たのが―― ……逆恨みで呪詛を公爵に向け念じながらその日の眠りに沈む。 それだけだった。 俺はただファブレ公爵への仇が討ちたくて、けれどルークがその状態ではとてもそれは出来なくて、もしかしたらルークの事もナタリアの命令も開き直って反故にして居ればよかったのかも知れないが其処まで思い付く余裕が無くって、更にヴァンが例のキッカケを以って自分との距離を更に開いていた(そう思っていたのは俺だけだったが)時期だったから、余計他の事が見えなくて――……。 『昔の事ばっか見てても前に進めない。だから過去なんて要らない』 ……先日、公爵とヴァンに不愉快にさせられた会話をほぼそのまま繰り返されて、俺は酷く、不愉快になった――意味など分かってないくせに、ただ鸚鵡返しの、周りから聞こえただけの言葉をただ尤もらしく繋いで口に出しただけのくせに、――と、その時何故か泣きたいようなわめきたいような悲しみに満ちた気分になって、その悔しさを堪えながら、……俺は(それなら俺はコイツの言った事の意味が分かるのか、アイツらがどういうつもりでその会話を交わしていたのか分かるのか、)――と、自然自分で自分の中に問い続け、そして――……。 やがて真っ黒に塗り潰されていた俺自身の未来を、抜け出す一筋の光明を見付けた。 |
隣にナタリアの姿が在る。 俺とルークに笑顔を取り戻す(与える)事になったのは、他ならぬ彼女の不断の努力が一番の功労であったのだと思う。 『――さぁ! 今日の学習を始めますわよ』 当時ルークの記憶を一刻も早く取り戻さんと気を張って一番頑張っていたのはナタリアで、頑張るのはイイのだがルークの側から見ればかなり無茶のある事を何度も何度も要求して、中間に立ってなだめる俺をこっちも辟易してしまうぐらい叱って、それでも彼女は、その時その時の時間の許す限りに怯まず物事を教え続け、そうして何日経っただろう――……。 たまたま、ルークが自分の言った事に相槌を打ったとかで、王女が酷く上機嫌でルークの部屋を出て来た事があった。 ――偶然だろ、とまだ復讐心の泥濘に心を落とされたままだった時代の俺は自分にそう言い聞かせてきたのだが、回数が増え、また実際に俺自身と『会話』する事が出来るようになってきていたために、成程どうやらそうらしいと、俺は感心し彼女に唇の端を上げる様を見せる事になった――最初の頃は、ご機嫌な彼女のそのご機嫌を損ねないための単なる作り笑いさと、自身に言い聞かせる日々が続いていたが。 ルークも何時の間にか『それ』を覚えてしまったようで、ナタリアが笑うと、すかさず自分も笑顔を作るようになった――それはとても機械のようで、お世辞にも芯から喜んでいるという類のものではなかったが、ナタリアは真実喜んでいると確信しているらしく――……。 ……まぁ、彼女が城に帰っていったその後で、ルークが実際に感情らしいものを見せるようになったと言うのは嘘ではない。 『私は……、誰??』 戸惑いと、そして不安でいっぱいになったその眼が涙をこぼして光を取り戻して(実際には得て)いったのを俺は間近で見て知っている。 『痛い……頭が……痛い……』 呟きはいつしか絶叫に変わり、そして気を失ってしまったそれを、俺はただベッドに運ぶ事しか出来なかった―― 一応執事のラムダスの方に報告して、医者を来させてもらったにはもらったのだがその間何もする事が無く、部屋を追い出されたままつらつらと自分はいったいどうしたらイイのか、どうするつもりなのかとボンヤリ考えながら待つ事しか出来なかった。 ――目の冷めた時再び赤ん坊のような状況で、それでも僅かに笑ったり怒ったりという、『表情』を見せるようになったルークに俺はもうコイツは討つべき復讐の対象じゃない、シュザンヌ様と同じ『俺の』憎しみに巻き込まれていった被害者だ――コイツを殺す事は出来ないと、せめて目的を果たす足がかりとして利用するだけが関の山だと、――そう、思い知らされる事になったのだった。 ナタリアはスパルタな『教育』を再開し、周りを凹ませ、それでもルークが少しでも『回復』の前兆のようなものを見せるとこちらの苦労が吹っ飛ぶぐらいの笑顔で笑った。 ――純粋に嬉しくなるような顔をして、まぁルークも、それを感じ取ったのだろう、作り笑いでなく照れ味の混ざった子供らしい笑顔を徐々に見せるようになった。 |
あの日々は決して嫌じゃあない。 ――輝く思い出。 そんな風に、気取って言う事も出来るだろう――失われた日々。 あの日はもう帰らない。 ルークは、変わってしまった――かつて目の前に合わせる事で精一杯だった少年は、身勝手で自分本位の人間へと成り果てた。 (それは、その頃の俺がアイツの(親から継いだ)本質だと思っていた事柄ではあるけど、本当はアイツはあの男の子供じゃなかった訳で、つまりそれも、アイツの本質とはゼンゼン無関係な事柄だった訳で――) 『ガイ! なぁなぁ、ガイ!』 ――容易に想像出来る、あの笑顔。 『やっぱり助けてくれたんだな、ガイ!』 俺達がアッシュを止めた事を知ったら、きっとそう言ってルークは上機嫌になるだろう――安心して、そして何も反省はしない。 (それじゃ……。駄目だ) 俺は静かに眉を寄せた。 『ガイ? 何処へ行くのです?』 少し――街を見回ってくる。 散歩さ何だと言って、俺はティアの家を出た――会いたくなかった。 今ルークが起きてきて、俺の想像通りの事をしたら――俺は。 目の前に在るものを、きっと完全に壊したくなるに違いないから――それは今はつまりまだ心の何処かでその思い出と絆を壊したくないから。 だから、今は――……。 |
わたくしはガイを見送ってから、ともかく、これからどうするべきであろうかを考えました。 考えようとしました――けれど、上手く整理出来ません。そんな風に言うのは良くないのでしょうけれど、全く、お手上げにしたくなる事の連続だったんですもの――考えが、思考が巡らすより先に止まりそう。 ですから、わたくしはティアと入れ替わりに部屋を出ました。 彼女が二階、ルークを寝かせていると言う部屋の方に入っていって――後で、アッシュが其処を尋ねたようです。 皆で外殻大地の方に戻るとか。 私は、彼に会って話をしなければと思って――それで先程の部屋、ティアの家のそばで待っていましたが、いざ会うと出て来た言葉は随分的外れなものでした。 『…………元気でしたか?』 『……別に』 我ながら、脈絡の無い事を訊いたものです――ついさっき、弓を向けた相手のする質問ではありません。 ですが――……。 『……あのっ! わたくしの事……』聞きたかった。『覚えて……いらして?』 知りたかったのです。 わたくしを揺るがす様々な事を、一つでも払拭してくれる何かを。 |
ナタリアは、ジッと俺の――いや、アッシュの瞳を見詰めて言った。 何でか、嫌な予感が渦巻いた――泣きそうな顔。 何時も、怒っているのが常だった――或いは笑うか。本当に泣くか。 『俺』には、何時もそうだったのだ――弱いトコ弱そうな処は見せない。 何時も気丈で、偉そうで、そして――……。 『ご……御免なさい。変な事を訊きましたわ』 ナタリアがやがてそう言った、訊いてから俺はアッシュに何か言わせるべきだったと考えた。 でもアッシュの野郎はもうナタリアの前を去っていた、俺は何だか見てはいけないもの聞いてはいけない事を見聞きしたような気分に成ってイラついた。 (俺は……) (偽物が何動揺してやがる?) (てめっ……!) 気付いてたんなら、…………。 ――いや、俺は何を言おうとしてるんだろう。 (俺は偽物……。俺はレプリカ……。) 知りたくない、けれどもう否定する事は出来ない――アッシュが俺で俺がアッシュの中に居る。 揺るぎようが無いなら、受け入れるしかない――この受け入れがたい現実を。 (――けっ、全部辻褄が合うじゃねぇか) 偽物だから記憶が無かった。偽物だから何も思い出せはしなかった。 偽物だから偽物だからレプリカだから! 全部――やってきた事は無駄だった……。 |
『君、無口だけど優しいんだね』一瞬、レプリカがまた覗いていなかったどうだか確認する――『……だ、黙れ』 どうやら、思考に沈んで今は此方への関心が無いようだ。 (ガイ……) 自分が気遣われていると知った途端に浮上してくる。 (屑が。そんなんだからヴァンにいいように利用されるんだよ!) 預言〈スコア〉に依存する人間と同じだ。 ――自分を甘えさせてくれる奴を見付けたら、憑かれたように、盲目的に信じる――。 それしか出来ない哀れなお坊ちゃん。 (……ったく。 コイツがお人よしなのは昔から変わっちゃいないな) 一方で、ガイに関しちゃそんな感慨が浮かんでくる――余計なお世話だとは思いつつも。 結局は、余計でない世話に成った――そんな幾つかの記憶が、僅かに頭をもたげてくる。 『おっと。 俺は、お前の事は信用しちゃいない』 『……』 『ヴァンの事も在るからな。 変な事をしでかさないようについて行かさせてもらうぜ』 『……好きにしろ』 港で導師守護役〈フォンマスターガーディアン〉と会った――『お金持ちでも馬鹿はちょっとね』。 (……だ、そうだ。レプリカ)(…………) ルークは、どうやらアレコレ言う気力を失ってしまったらしい――ま、言った処でロクな言葉が出て来るとは思えんが。 (……なら、ずっと俺の中に居ろ)何時しか俺は考えていた。 (俺の中でくたばってろ。何処にも行かず……、何も考えずに。……ずっと) まるで付属品の陰のように――。 (――それが、お前に許される唯一の事だ) 人ではない、個人ではない――――『お前』は俺の複写人間〈レプリカ〉なんだからな。 |
0:07 2011/03/28
なんかガイばっか(汗)
ナタリアの事はズルズルと続いて長髪IF本編へと繋がります。
他のキャラは……此処で語る事は特に無い時期ですよね、って言うか断続的に続いていくから切り処が無イんだわ、全く。