とっぷ壊殻の海ノ物語


月下



 「やーっと帰ってきたね。ルーク」
 「……嗚呼」
 「待ち侘びましたわ。さっきから心臓が夢じゃないかって、驚くように飛び跳ねていまして大変ですのよ」
 「ま、取り敢えず――」

 ガイが肩をすくめた後、笑いながらルークの胸倉を引っ掴み、引き寄せる間にはこの上も無く真剣な怒った顔に成って、ソレを引き寄せ切った瞬間ニッとイタズラ者っぽく或いは勝利を確信した赤い髪の誰かを髣髴とさせるような表情に成って、――言った。

 「無事にエルドラントから生きて帰って来れて良かったな、ルーク!!」



 青年はぎこちない表情で、多分驚かされたショックよりまだ立ち直っていないのだろう、
 矢継ぎ早に声を掛けてくるアニスとナタリアに「嗚呼、」とか「うん、」とか短く
 音素式の何か 反射的に反応する 譜業人形のように応えている。

 ――そろそろ爆発するかも知れない。

 「フフフ……」

 泣き顔のまま、ティアは思わず想像に笑った。

 ルークはきょとんとした表情で、アニスとナタリアもピッタリおんなじ表情で振り返っているから余計におかしい。

 「ティア……」
 「……嗚呼……、御免なさい」

 言いながらもまだクツクツと笑いつつ、ティアは目尻から出るものを拭った。

 「笑うツモリは無かったの――……」

 ――泣き出すツモリも、無かったけれども。



 完全同位体を持つ被験者に起こると言う特殊なコンタミネーション――大爆発〈ビッグバン〉。

 それを聞いて戸惑った仲間達の中でいち早く、起こり得る事に対してキッパリと
 『帰ってくるのは、“ルーク”ですわ』
 そう言ってキッパリと ある可能性のみを断定したのは、ナタリアだった。

 『わたくしは、ルークに在るがままのルークを受け入れる事を言い渡しました。そのために思うままに生きるルークを全力で手伝う、とも。
  ですから“わたくし”の前に戻ってくるのはルークです。“ルーク”の望んだ、ルークの思う在り方以外に、――在り得ませんわ』

 ――だから“誰”であろうとも『ルーク』。

 『もう……、以前〈むかし〉のルークばかり見て、其処に居るルークを蔑ろにしてしまうような事……』

 ――したくは在りませんわ。



 ソレは彼を否定する。
 ――それは“彼”を哀しませる。

 (分かっている……。――だから)

 それでイイのだと思ったのに。

 (みんながソレに賛成した)

 ――ソレでイイのだと、思ったのに。


 『ティア……』

 ――流れる涙が止まらない。

 戸惑い、他人を見るかのようなルークの奥に、“彼”が済まなさそうに居るのが視えた。

 <御免な……。
  ……、…………だよ>

 何か云っているような気がする。
 ――分からない。

 <………………>

 ――必死で訴えているようにも視えるのに、――ティアは、涙が涙が止まらない。

 (泣き止まなきゃ……泣き止まなきゃ……)



 誰かが震える肩に手を乗せた。

 「……ティア」


 其処で彼女は我に返った。


 「ガイ……」

 「――無理に我慢しなくてもイイよ。
  人それぞれだからさ、――こういうのは」

 確か誰かがそう言って。
 確か誰かはこうやって。

 「…………」

 笑顔でガイは、

 「……………………」



 「――顔、蒼いよ?」
 無理してるんじゃない? とアニスが言った。

 「いやいやいや。大丈夫、俺はちゃんと平気だよ」
 「――と、言うかティアが動かないから完全に手をどけるタイミングを失ったな」

 淡々とルークが 呆れたような冷静な顔で分析する。


 ティアの震えを吸い取ったかのように。

 「だだだだだ、大丈夫……」

 ――今度はガイが、震えている。

 そのうちに舌でも噛むかも知れない。



 「――ともかく、急いでキムラスカに戻りましょう」

 場を仕切り直すかのようにナタリアが言った。

 嗚呼、とルークが表情を引き締め、その場の空気が――

 アニスとガイとナタリアと、一巡して、険しくなった。

 「……」

 その輪の外でティアは傍観をする。

 ナタリアとルークとアニスの順番で、彼らは、その渓谷を歩き出した――途中でルークが先頭になった。

 「……ティア」
 此方を見、ガイが声を掛ける。

 「ジェイドの旦那も。
  ――行こう」

 「…………」

 ずっと黙っていた大佐が、無言で眼鏡のブリッジに手を当て、俯く。

 ――正直存在を忘れたぐらい静かだった。

 「……大佐?」
 「ティアは私が一緒に行きます」

 「……」
 ガイが無言で目を見開いた。

 「貴方は彼らと先に行って、――待っていて下さい。
  私はもう少し此処に居ますよ」

 「大佐……」

 呆然と死霊使い〈ネクロマンサー〉の二つ名を持っている男の立ち姿を見る。
 (――私のために?)

 そんな事、誰のためにもしそうに 有り得ない噂の在った男なのだが。

 「……マルクトで医療用に生物フォミクリーの研究再開を提案してきました」
 「――!」

 突然にティアの表情が険しくなる。

 (……結果は??)

 「いきなり総スカンを喰らったよ――まぁ、フォミクリー研究には確かに様々な問題が在る。……何よりもホドのね」

 ガイが肩をすくめたのちにそちらを見た。

 ――エルドラント。

 ジェイドがずっと見詰めていた方向だ。

 「…………」

 ハッと息を呑んだ後、ティアの思考は急に目まぐるしく働き出した――数々の事項。
 『レプリカ問題』。

 ――今、“彼”は何をしたいか。

 「……今日はルークの、成人の儀です」

 ジェイドが冷たい表情に成ってそう紡いだ。

 「キムラスカの国民は、ルークを死んだ英雄と捉えている。
  この日に本人が戻ってくれば、かなりの混乱は、必須でしょうね」

 それがイイ事とは限らない。

 ――ファブレ夫妻は首都を離れると決まっているそうだし、風の噂では、王座を手に入れるために
 ナタリアと婚姻せんと言う輩が殺到している、と言う話であった。

 「……もしかしてソレを牽制するために帰ってきたのかしら」
 「アッシュなら有り得ると言うのが、怖いな……」
 「愛の力ですねぇ」

 さも感心し面白がるように言ったジェイドに、ティアとガイとの中で何かが磨耗する。

 ハァ……。

 「――ま、ともかく」同時に溜め息をついた後、
 先に気を取り直したガイがティアに向かって爽やかに笑った。

 「アイツはアイツ。
  俺の御主人様は御主人様。

  ――待っていればイイよ。
  答えをハッキリと決め付ける必要なんて、無いんだ」

 ――君次第さ。

 「俺は待つからさ」
 「そうね……」


 ティアが微笑み、やっと風を仰いだ。


 ――彼が戻ってくるのは何処??

 (私が望んだその場所は何だ??)

 ジェイドは微笑み、――問い返した。

 『形にしたかったんだろ?』

 グッドJCが脳裏で笑う。

 ――其処は、誰かが造る場所??


 「……ユリアシティに戻るわ。例の件の資料を集めて……」

 その次はダアトね。忙しくなりそう。

 「……例の。預言〈スコア〉存続派の問題だね?」

 「ええ。……やっと動く決心が着いたみたいだわ」

 ティアが他人事のように自分をそう言う。

 「俺達ももう一度議会でさっきの問題の事、……挑戦してみるよ」
 「それとレプリカ達自身の意識の問題ですね。彼らが迫害を受けていると言う報告数は大分減りましたが、彼ら自身が、まだオリジナルの事を随分警戒しています」

 「ホドとヴァンと……。
  コッチも身を切る思いをしなくちゃいけないかも知れないけれど、――父上だな。十八年前いったい何が在ったのか、調べれるだけ調べて……。
  そしてフォミクリーの事レプリカの事、改めて人々に分かってもらう事にするよ」

 そうすれば『研究』の理解者が増えて、議会でも案が通る筈だ。

 ガイが歯切れの悪そうに成りながらも言葉を紡ぐ。


 ――“世界”を広げて。


 「――ええ」


 ――まだ足りないから。

 (……そうね)


 だから済まない顔をして、だから貴方は、頑なに躊躇う。

 <まだ……。
  無理だ…………。

  還れない……>



 ――だけど。


 もしも望んでイイのなら。

 <どうか、約束〈オレ〉を捨てないで>




 「……行きましょう」
 女豹のような眼をしてティアは歩き出した。

 マルクト帝国の男達が、月を背にして後に続いた。

 16:04 2010/05/23 16:40 2010/05/23 17:40 2010/05/24 0:05 2010/10/25 Fin.


 キムラスカの人はキムラスカに帰ります。
 キムラスカの国に、――帰るのです。
 それ多分 ああ良かったねー、で終わる問題ぢゃあ無いと思ウ。
 (結構安易に二人とも生還!トカ望む人居るけど)

 此のお話は:公式エンディングのIFです。
 「rumor」の前な訳ですが、「夜ノ問イト歌」とは繋がらナイ。(つか、「夜の〜」は単発のツモリ)
 IFを付けるかドウカは 読者次第として、――まぁ、書き手的には公式のストーリーと妄想で考えてる続編ネタの中間です。
 (ややマダ時間軸が原作拠り)

 視点がティアだったりジェイドだったり“彼”に移ったりして混沌。
 スマナイ。
 

16:25 2010/05/23 1:10 2010/05/25 1:41 2010/05/25

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