とっぷ壊殻の海ノ物語


Prodigy

21:27 2010/08/22

 「君が、ネビリム教師の教え子かね?」

 男は、ジェイドの姿を観察するかのように見下ろした。
 実際観察されていたのだろう、ジェイドは、極力怪しまれる事の無いように――
 何を怪しまれるかは謎であったが、取り敢えず‘何時ものように’、
 大人達が自分を信用するよう仕向ける態度でその場に臨んだ。

 ――ジェイド・バルフォアと言います。
 「彼女の家で火事を起こしたそうだが」
 譜術の制御に失敗しまして。
 「聞いている。……それから、教師のレプリカを作った事もな」
 …………。

 うっかり嘘をつかなくて良かった――サフィールが先に話していて、それで確認に来ているらしい。
 何時もなら、こういう時は適当に誤魔化すのがジェイドの常であったのだが、今回の相手は初対面、
 しかも、そこそこ位の在る軍人だ。
 確か、ケテルブルクの治安を取り仕切っている人物その人ではなかったか。
 ――其処まで思い巡らせて、ジェイドは、彼とは初対面ではなく実際には二度目である事に気が付いた。
 尤も相手は覚えていないだろう、彼が教師ネビリムの私塾兼自宅を訪れた際に、
 廊下で時たまたま目が合ったぐらいの出会いであった。事実ジェイドも忘れていた。

 治安維持担当の軍人が、どうしてネビリムの家に居たのだろう――その時は思わなかった小さな疑問が、
 不意に頭の片隅に浮かんだ。
 ネビリムは、ごく普通の人間だった――否、第七音譜術士が出生する数が少なく、
 ダアトか軍かどちらかの所属に在る事は知っている。
 私塾を開いている事も、良く考えれば変だった――
 子供を通わせるからには街の大人達は彼女の素性の事を知り、経歴の事をある程度知っていた筈である。
 ――なのに自分はその事を知らない。
 大人には、大人の付き合いが在る――ジェイドはそう考えて、彼女が他の大人達と話す時、
 自分の両親にもそうであるように邪魔にならないよう何時も離れた位置に居た。
 全ての大人達に対して、そうだった――そうして『イイ子』を演じていれば、多少、へまをしても――
 するのはジェイドではなくサフィールだったが、『そういう時』に何か大人達から言われても、
 多少素直そうな演技をするだけで皆、彼を解放し咎めを受ける事は無いのだ。
 何時もそうだったし故に『大人』達の会話になど一度も耳を傾けた事が無かったから、
 考えた事が無かった――何故、彼女はこの街に居て、そして私塾を開いていたのだろう。

 「彼女とは生前何度か交渉している。――あの家を売ったのも、私なのだ。最初は貸家だったがな」
 ……嗚呼。

 元家主と言う事か――図らずも疑問が一つ解決して、ジェイドは妙に、得心した――
 だとしたら残りの疑問も簡単だった。彼女は私塾を開いていた、子供達に譜術や地理や計算学を教えた。
 本来なら、それは軍の幼年学校などで習う事で――だがケテルブルクの在るシルバーナ大陸は、
 帝都から海を隔てて離れていた。必ずしも軍に入ると限らない、いや入る確率の低い
 『観光都市』ケテルブルクの街へ、本国がそんな学校をワザワザ作る筈も無い――

 けれど、子供達に学は必要だ。

 ――だから、何らかの経緯と取引が在って、ネビリムはこの街に住み、私塾を開くに至ったのだろう――
 人間好き子供好きの性格であった事は分かっている。

 でなければ、あのように私塾を開いて教師などすまい――彼女は何時も笑顔だった。
 怒っている時も、或いは真剣な顔で怒った後も――
 彼女は自分達が好きだった。
 優しかった。
 生徒達の努力を、何時も愛おしそうに見ていた――楽しげに優しげに皆の母親のように、
 或いは、父親のように面倒を見ていた――そんな彼女のそばに居たくて。

 現実の距離の意味ではなく、仕事の同僚やパートナーの意味で――
 対等に認められる位置に居たくて。

 ――自分なら、大人達と同じ位置に居ても充分やっていける筈だと信じて――
 実際は『大人』達の世界の事など何も知らなかったくせに、
 知っているツモリで、

 ――――彼女を死なせた。

   +  +  +  +  +

 「…………」

 少年が不意に険しい顔に成り、やや視線を落として黙り込んだのを見て
 男も一旦口を噤んだ。

 ――不本意とは言え人を一人殺しているのだ。
 否、“その報告”が正しいものであれば――
 彼はたった一晩で、十人もの譜術士殺しを果たした『化け物』の親と言う事に成る。

 (――流石に、其処まで教える訳にはいかんか――)

 最初に殺されたのは兵士だった。

 治安を守る側の人間が、そのように最初に敗れたのでは軍の威信が保てない。

 民は不安となり、不安はまた、更なる恐慌と成るだろう――世界はふとしたキッカケで混乱する。
 『響士』ゲルダ・ネビリムが死んだ事で、ダアトは確実に、
 マルクトとキムラスカの『戦乱』を止める抑制力を失った――例のロニール雪山の件から三年、
 教団〈ダアト〉はまだ、『魔将』に代わる強力な神託の盾兵の手駒を育てても準備してもいない。

 (――次の戦は、間違いなく長引く)

 陛下もそしてキムラスカも、それは分かっているだろう――ついでにダアトにも避けられない事だ。
 ――戦力の補充には、孤児が居る。ローレライ教団の、神託の盾の純粋な『兵士』をダアトが調達する
 そのためには、『戦争』が在り其処で孤児が出るのが一番なのだ――元々は純粋に宗教施設として
 身寄りの無い者を引き取っていたのだろうが、現在は『戦争』で孤児を出してソレを神託の盾兵士として
 仕立て上げる、そういう“システム”に成っている事を軍属の誰もが知っていた。
 ――けれど、帝国と王国にとって『決着』を付ける願っても無い機会だと言う事も知っている。

 (――総力戦に成るな。その準備期間は……)

 男は考えながらジェイドを見た。

   +  +  +  +  +

 確か、十二歳と言っていたか――フォミクリーなる新しい技術を考案し、他にも、
 大人顔負けの譜術を操り『譜眼』を自らに施した少年――その強さ、『力』に対する貪欲さ。

 (――欲しい……)

 コレから先起こる『事』に対して、譜術士としても、研究者としても大層役に立ってくれるだろう――
 『戦』の勝ちは兵としての悲願だ。
 何より“ネビリム響士”の生徒として、以前から目を付けていた――
 響士は戦ごとに生徒が巻き込まれるのを嫌がっていたようだが、何、
 戦が始まってしまえばどうと言う事は無い――寧ろ、戦場に身を置けなければコレから来る未来を
 生き延びる事も出来ないのだ。

 (譜術士殺傷事件の首謀者。そう呼ばれても、おかしくは無い――……)

 そのレプリカは、捕まっていない――少年は逃げた後人里に来てないと思っているようだが、
 実際には、既に被害者を出している。

 ――罪は、彼の知らない処で増えていく――幾ら不本意と偶然が重なった『事故』だと此方が言っても、
 被害者達の周囲は、ソレで納得したりはしまい――

 死傷した譜術士達を殺したのは、既に『ネビリム』と良く似た人間であると目撃情報から分かっている。

 『ネビリム』本人の遺体が在るので、ソレが『別物』である事に人々は充分納得している。
 彼女の人徳からも、ニセモノが本物として扱われて本人の評判を落としていく、
 其処から軍も信頼を失っていくような事は幸い起こらないだろう。

 ――けれど、偽物が現れた経緯を人々が知ったら。


 「……バルフォア君」
 呼ばれてジェイドは顔を上げた。

 「私と帝都に行くツモリは無いかね?」

   +  +  +  +  +

 ――両親はあっけないほど簡単に賛成した。

 最初は驚いて反対していたが――、男が三人きりで話して『説得』すると、
 アッサリと、ジェイドを養子に出す事に頷いた。

 ネフリーは、最後まで不安そうに心配げな様子で心細そうに何か言いたげにしていたが――、

 ――構わない。

 ジェイドは決めた。

 ――バルフォア姓を捨てる事。

 ――ケテルブルクを出て行く事。

 そして――……。


0:17 2010/08/23 10:54 2010/09/01 22:10 2010/10/10 


 ネビリム先生とマルクトの軍人さん どうやら 過去が在ったとの事で。

 続編ネタ考え及び『追憶のジェイド』を読み返している内に出て来た養父ネタ、
 長髪IFでは次男坊、――と言う事にしてバルフォア家後継ぎ問題?を解決させてまシたが……。

 ゲーム(と言うか公式シナリオブック)ではジェイドはレプリカネビリム=譜術士連続死傷事件の犯人、
 ――って事イベント起こすまで知らないッポイんですよね。
 かつ『追憶のジェイド』では、マルクト軍とネビリム先生の過去の関わりとがより詳しく書かれている……。

 総合するにこのままじゃケテルブルクに居られなくなるだろう事を先んじて、
 養子の話にYESと言ったと考えるのが正しイんじゃないかと思い直しましたジェイドの両親。

 そんな御話。

0:47 2010/08/23 11:08 2010/09/01
 追記:ジェイド自身もレプリカネビリムのターゲットに成り得る可能性が在ると気付く。
 何か守られてばかりで本人どうなる事やら。(いや、きっと公式では生前からネビリムの事情知ってたんだよ???)

22:12 2010/10/10

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