rumor
音譜帯からの譜石落下事故が増えている。
その情報を、彼らは他愛も無い噂話の一つのように暇潰し会議の議題に上げていた。
「何故だ??」
「音素〈フォニム〉が減ったからだ」
「……」
「睨むなよ。
――そもそも、何故音譜帯に譜石が在ったと思う?」
「それは――大昔のローレライ教団の連中が、ユリアの預言〈スコア〉を守るためにプラネットストームから打ち上げたって」
「プラネットストームは惑星を循環している。どうして戻って来ないんだ??」
「……」
ソレは誰もが考えながら、誰も考えて来なかった疑問だった――空の青さが疑われぬように。
「つまり音譜帯にはプラネットストームよりも強い力で、譜石を引き付ける何かが在ったんだよ――いや、何かも何も音素しか無いな、あそこには。そしてプラネットストームだけだ。
プラネットストームが発生している間、音譜帯に発生する譜石を引き付けるモノって何だ??」
「! 第七音素か……」
譜石は第七音素に包まれた結晶体であり、音素は同じ属性同士で引き合う。
「――嗚呼。音譜帯上に膨大な第七音素が在った。ソイツがプラネットストームの停止と共に失われ、それに引き付けられていた譜石も」
「……待った。報告に拠れば――……。
確か一ヵ月後ぐらいに強力な第七音素の塊が上昇して、それで音譜帯の第七音素は回復した事に成るんじゃないのか??」
一説では、ローレライだったと言う―― 一部の人間達が根拠は不明だが明らかにソレだと断定した、自我を持つ第七音素の集合体。
ソレが音譜帯第七の層と成った過程を知る者は少なくとも、一度ストーム停止によって弱まった音譜帯のフォンパワーを再び回復させる結果となったという事は、全ての研究者達が知っていた。
「甘いな。プラネットストームが停止した時から、譜石は音譜帯より落下を始めていた。回復した時にはもう、既に『力』の届かない場所だったんだよ」
聞き手はボンヤリと想像した――音譜帯の上に上がっている無数の譜石、消えるプラネットストームの循環、そして落ちていく――……
「……待て。それならプラネットストームが消えてスグ、全ての譜石が落っこちる筈だぞ」
あまりイイ想像ではないが、しかし思い付いてしまった質問に自分で自分の顔をしかめ、尋ねる。
結晶体である譜石が元の素質である第七音素と引き合う可能性は、無い事も無いが非常に小さい――元素が『結晶化』するという事は、『固体として含むべき音素の量』をその元素が得てしまう事でもあり、それゆえソレを得てしまった元素は音素をもう引き付けない。
第七音素は亜元素だが、時間の経過によって失われる音素とソレを補充する音素は常に一定の量の筈であり、しかもすこぶる少数という値の筈だった。
元素は同じ性質同士で引き合いなどしない――固体の状態では更に動かない。
水上で薄い氷の膜の上に在った別の氷の塊が、氷の膜を自らの重みで割って水中にドボン――聞き手が想像したのはそんな光景だったのだ。
「……そうだな。だがそうは成らなかった。ちょっと考えれば、音譜帯にソレだけの第七音素が存在していたかどうかだなんてスグに分かる事だ。音譜帯は当時六つまでしか層が無かった」
「――そうか。譜石を引き付けられるだけの第七音素が在ったら、まず間違いなくソレだけの分厚い層が存在している」
明らかに、ソレは強力な筈だった――集まれば物質化する存在が、そうせずしかし物質化した状態を支えていたのだ。
濃霧のような状態として、視認されても全くおかしくなかっただろうに発見されてはいないと言うのは。
「と、成ると――」
「簡単な事さ。音譜帯そのものが一つの第七音素だった」
「!」
話し手は聞き手を置いてケタケタと笑った――いや、聞き手の側が一瞬そうされたかのように錯覚を覚えただけだった。
「第七音素は記憶粒子〈セルパーティクル〉が音譜帯の六つの音素と反応して出来たモノ。記憶粒子を流してた間の音譜帯も、当然第七音素と同じ性質さ。――いや、もしかしたら、人々が第七音素と呼んでいたモノは、全部、第七音素化した音譜帯の欠片だったのかも知れないな……」
「――! それって……」
「お偉い方はもう知ってるよ。俺はそっちから聞いて話をしてんだ――。
でもって音譜帯から譜石が何故落ちるか、っていう話だったっけな」
「あ、嗚呼……」
発表したら音素学の歴史を変える。
――にもかかわらず、歴史は既に変わっていたのだ。
ソレについて行ってない自分に聞き手は妙な動揺を覚えた。
「音譜帯が何故六つの層に分かれているか、そもそも何故誕生したのかどうか。――分かるか??」
「――? えぇっと……。
大昔星の形成時に、中心で音素が揺らいでいた状態から微粒子が集まって元素が生まれた。元素はその響きによって新しい音素を生み出したが、その音素は元素を一度崩壊させ、揺らぎの状態に戻してしまった――その揺らめきから改めて元素が生まれて大地に成り、音素は上空に昇り留まった」
「音素は元素を構成する元であり、元素によっては、含有する音素の方が明らかに元素より力の強い場合が在る。ソレは音素の一種と見なされる。
音譜帯が第一から第六まで層に成って存在しているのは、つまり重い元素を含む音素と軽い元素を含む音素とでそれぞれ集まった……いや、上昇した音素が軽い奴は重い方の間をすり抜けていた、っていう事だな。
一方で重い元素を持って上がってきた音素は、他の音素との『合奏』によって自らの音素振動数を減少させ、乖離現象を起こす。
そして軽い元素を含み上昇する音素と、下に落ちる重い重量の元素とに分かれる――後はソレの繰り返し。大地の地層も音譜帯も、そんな風に調べられ奏でられて誕生した」
「……嗚呼」
「音譜帯は各層で一つ一つの音の信号を発していた、その合計が第七音素と呼ばれる音素と同じ音素振動数であり、また第七音素そのものだった。……だから譜石帯は音譜帯上に発生し、二千年間崩れる事が無かった――恐らく同位体現象だな。
超加速音〈フォン〉振動が発生する際、同位体同士は直前に必ず接近する」
接近するから超振動が起こるのか、超振動が起こるために接近するのか――その因果関係はまだ分からない。
だが『超振動』が起こった時、対象の物質は崩壊し、あるいは再生するというのが人々の間の通説だった。
ただし純粋に、そして大量の音素の同位体接近であるならば――『崩壊と再生』が半永久的に続く、『融合』という第三の力が超振動には発生する。
膨大なフォンパワーと、元素としての質量、重量――ソレらが同時に存在するという、非常に珍しく当然的な状態。
例を挙げろと言われたら、恐らく恒星と地底のマグマしかない。
「譜石の表面が音譜帯のフォンパワーに捕らわれて、融合接着して其処から動けない状態だった……」
「そうだ。恐らくそれなりの密度を持っていて、音譜帯は譜石を捕らえて下から支え続けていた」
思ったより分厚い氷である――恐らく強度だけで言えば、大地とそう変わらぬ状態であったのだろう。
「だが、プラネットストームが消え去り音譜帯は緩み始めた。沈み始めた譜石は第六音素、第五音素の層の間はそれほど変化も無いだろうが、元素比率の薄い第四音素の層で一気に音素乖離を起こし、表面の接着超振動を止められ落下する」
その先は多分、一直線だ――音素に元素は支えられない。『地中』の引力に一気に引かれて、譜石は地面へと激突する。
「……嫌な話だな。音譜帯の譜石が全部落ちてくるって言うのか」
「小さい物は、第五音素の層までに溶け切って消滅する、――という話だった」
「あんまり有難くも無い有難味だな、ソレは」
岩が落ちてくると言う時に砂粒がそうでないと言うだけの微々たる恩恵だった。
「だが音譜帯の譜石が落下する、――その原因がプラネットストーム停止から来る音素の世界的減少。ソレにより音譜帯から音素の塊である譜石が自動で舞い戻ってきてくれる、って言うのは、人類〈おれたち〉には酷く有難い話だぜ?? ――その落下地点が魔物の巣ばっかりという事実も含めてな」
「……」
聞き手が明らかに黙り込む――この世が豊かさを生む力と引き換えに、世界を選んだからと言わんばかりに現われた思わぬ副産物。
ソレは『セフィロト』と呼ばれる地、あるいは訳もなく魔物の多い土地に落下して、急速に彼らを減らしていた。
(……セフィロトはプラネットストームに流れていた記憶粒子の噴出地点。魔物が多かった事も譜石が其処へ落ちた理由も、全てその記憶粒子の強力なフォンパワーによって引き付けられていたからだって、研究者達の結論だが……)
「今度また回収隊が出るんだよな」
「……らしいな。職安に広告が出されてたぜ」
「キムラスカの新しい王様は、あまり乗り気じゃない、って噂だけれど……」
「嗚呼、例の2020年に戻ってきた『英雄』ね」
取り留めの無い噂は、まるで――……
……まるで終わらない歴史のように、続く。