とっぷ壊殻の海ノ物語

星の在り処

 誰も、私に触れないで。


  +  +  +  +  +

 「此処は……?」と彼は困惑する。
 ……思い出せない。
 「だが……必ず取り戻して見せる!!」

 そう言って森を出て行った、
 彼の記憶は、『此処』に在る。

 サラの手のひらの結晶体。
 ――夢喰いは、無念の思いも、喰らうから。

 何時か 叶わないままなら そうなる

 そうなる前に、抜き取った。


 『偽善だねぇ……』
 “生き物”に餌を与えた後、誰とも知れない、その声が響いた。

 やさしいツモリで生きてるの?
 『お前は満足、だけど、アイツは……』

 ――関係ない!
 彼女はそう、「心」で言った。

 『忘れる方が、あの子のためなの……』
 ギゼンだよ!
 「声」は言い放つ。

 自分が覚えていて欲しくないだけだ
 ――何が悪いの??
 アンタは自分の事しか考えてないんだ
 何時も… 怯えて逆らわずに生きてきた。

 『ずっと母上の言い成りに成ってた。
  何でさ!? あんなヤツ母様なんかじゃないのに!!』
 小さな少年が、彼女を責めた。

 「でも……」

 戻ると信じていたとでも言うの!?
 戻そうともしないで!
 ――ただ、人形のように従っていただけのクセに!!

 サラ……、サラ……、優しい母の声が聞こえてくる。

 昔。

 まだ……ジャキが生まれて間も無い頃の事だっただろうか。

 『時は戻らない!!
  アンタが幾ら想いを馳せても、』

 アンタの母親は、其処に居る“生き物”の体が吸い取ったんだ!!

 巨大な甲殻の生命体。

 世界を滅ぼし、そして彼女を捕らえている……
 ――否、「サラ」がしがみ付いている生き物。

 「ラヴォス……」

 かつて、彼女の母が神と呼んだ生き物。

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 『ソイツの死体にアンタは憑いた。
  何故だい? ソイツの中に居る「母親」が、アンタに会えると言うのかい??』

 違うわ!!

 ――居ない事ぐらい、分かっている。

 『アンタは何で、其処に居る??
  破滅を疎み、破滅を望む??』
 ――ウルサイ!!

 「何も聞きたくないわ、言わないで。
  私が消えてしまったら、貴方の声は、聞こえない筈よ」

 消えさせて失くさせて全てのものを。

 『認識するのは、アンタの勝手。
  耳を塞ぎたければ塞げばいい。

  ――月は、何時でも、光を投げる』

 空から投げ出されてきた“光”をね。
 「……」

 「サラ」は黙り込み、“生き物”の中に潜った。
 「死骸」にはかすかに抵抗が在るが、ソレを押さえ込むようにして、
 ――彼女は其処に、『人生』を入れる。

 ――喰らいなさい、私の『命』を……

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 ……ドクリドクリとそれは変ずる。
 (喰らいなさい、『夢喰い』よ。
  全ての想いを。
  癒しの得れぬ過去を)

 過ぎ去った事は終わった事、
 変えられない未来は、
 変えた先に在っての終焉

 (……望みの全てはあえなく断たれる)
 断たれた思いよ、集いなさい。

 全ての未練を断ち切るために
 全ての想いを消し去るために

 (全てのものを、滅ぼしなさい!!)


 叫んだ意識〈サラ〉に、『夢喰い』が震える。


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 『……ラヴォスは抵抗するか』
 『…まぁ、するだろうね。
  取り込んだヤツに乗っ取られるほど、“カミサマ”の思いは甘くは無いよ』

 ――生きて行くために、死なせて行く。
 望みは遥かな、繁栄のため。

 『ソレと同調する部分が無ければ、そもそも其処に、入れる訳は無いのさ。
  “今まで”の「全て」を、否定する心……
  何処でもない何でもない「何か」を、肯定する心』

 消滅の傍の、その裏の。

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 消え去りなさい、何もかも。
 『不可能な事さ。
  ――矛盾している』
 私は在っては居たくない。

 ダレモワタシニ、フレナイデ。





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 深遠の中に彼女は思う。
 渦巻く意識に、彼女は願う

 何もかも何もかも消え去って。
 永遠の夢を、捨て去って。

 光も何も誰も必要ない。

 この哀しみは、癒せない……


 「……あ」


 ただ悲しみが、其処に在る。


 「あぁ……」


 『絶望』の中に、底に在る。

 (何もかも……)


 『――それを本当に、望むのならね?』



  +  +  +  +  +


 ……ヒック。ヒック。

 『誰か』が泣いている。

 (……?)

 「サラ」はかすかに顔を上げ、何も聞こえない事を確かめた。

 (幻聴か……)
 再び俯き、『消え』ようとする。

 ……ヒック。
 イック。

 ――泣き声というより、嗚咽のような。
 嗚咽というより、しゃっくりのような……?

 ……セルジュ。
 セルジュしっかりしろ!!
 切羽詰まった、男の声。
 (何なの……?)



 『無視しておきなよ』「声」が囁く。
 『所詮過ぎた出来事さ。
  何時か在った、何時か起こる事に成るだけの何か……
  それだけの事だろ??』
 (でも……)

 本当に在った保障が何処に在る??

 心の中に呼び出した、
 幻か何かじゃ、ないのかい??
 (……)

 「サラ」が黙り込み、考え込む。

 『大体アンタは消えたかったんだろう??
  消えゆく何かを目にしたとしても……』

 何の不思議は、無いじゃないか。

 「……」


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 小さな子供が泣いている。
 嗚咽のようなしゃっくりのような。

 ――感情の無い、ただの機械的な繰り返し。

 (……?)

 痙攣する身体の中、心の無い、光を持たない、虚ろな瞳。
 「ッ……」

 ――寒いか??
 おいっ、早く医者を!!

 『どういう事だ!? 診れないって!?』
 マブーレ!? そんな処にしか居ないのか!?

 毛布に包まれて、抱き上げられて。
 意識も無いまま、運ばれていく。

 『何見てるのさ、無関係だろ??』

 「声」が、聞こえる。

 囁くように。

 ――「彼」の瞳は。

 『涙』の出処は、怒りも希望も無い。

 「……………………」



 『“絶望と悲しみの底”だって?? 光を絶たれた事、無いクセに』

 その「声」は彼女を嘲笑う。

 『……笑い話だよね。
  何も望めない、無への回帰も願えない、ただ運命に、呑まれるだけの……』

 そういう命が、ゴマンと在るのに。

  +  +  +  +  +


 月光が彼女を照らしていた。
 水面に浮かぶ、小さな真円。

 「……」

 ――放っておきなよ。
 所詮は「歴史」だ。

 『それともその「悲しみ」さえも背負うの??
  もう生きられなくなった命の、
  「永遠」に消し去られてしまった命の……』

 ――ソレはソレで、自由だよ??
 誰にも責められやしないけれどね。


 『だってアンタには、何も出来ない……』


  +  +  +  +  +


 ……全ては海へ還って行く。
 想いも全て、
 恒久の願いも全て。

 『……月が。
  調停者を繰り出すか』

 『……調停者が。

  ――遠い未来から、虹を移すか……』

 六匹の龍が、星を見上げる。

 そしてその月の光から、
 『彼女』は生まれる。


 ――「時」が折られ、縮みゆく。
 見守れ、ツクヨミ。
 『ラヴォス』に選ばれた人間を。

 「――何時か炎ごと、葬るために……」




  +  +  +  +  +


 また閉ざされた 歴史が歪む  
 焚き付けた連中は 動き出す

 「……そしてまた何時か、未来が重なる。
  おやすみセルジュ、この月を見上げて……」

 呟き、少女は水面の円を発った。

 ――エルニドの海に、映る星から……


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